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長野式研究会


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症例報告

●長野式見聞記
vol.2 長野潔先生の臨床から…(2)


《寝違い三様》

長野潔先生の臨床は、いつも新たな発見と新鮮な感動があります。
その発見や感動の一端を、皆様にお伝えしたいと思いますが、うまく伝われば嬉しいです。

よく、「腰痛の治療を教えてください」、「五十肩の治療は?」…などの質問が寄せられます。
その症状に特有の治療法があるものもありますが、ほとんどは、それぞれの患者さんの既往歴や所見などにより、異なることが普通です。
「ネット講座」の「メール実践道場:Vol.1」の‘所見の取り方、考え方…質問から’を参照して頂ければ、同じ症状でも、治療法は違ってくることがお分かりかと思います。
今回は、臨床でよく見られる「寝違い」と呼ばれている頚部痛を例にとって、共通する治療法や、そのバックグラウンドによる処置の違いなどを説明していこうと思います。

今までの症例のように、下記の数字や記号については同様です。
 (1)・(2)・(3)…などの番号は、治療の順を表しています。
 ※=その治療に対しての説明などを補足します。
 …=治療の結果、変化した所見などを書きます。

[症 例]…(1)
【主 訴】 右頚部痛。
【所 見】 「洪脉」。
【治 療】 (1) 「関元」…この時、頚の硬さが良くなってくる。※∵「洪脉」 
(2) 「中極」 (∵「心実」)。
(3)「帯脉」
(4) 「右膈兪」 ※オ血。アルコールの解毒作用が悪くなっている。

(5) C3右の「横V字型椎間刺鍼 ※横隔神経が出ている
※アルコールで横隔膜を刺激。肝にトラブルのある時、オ血のためにC3右を使用。

(6) 「風池」※眼のために。「風池」は、深さが重要。硬いところを何度も刺抜する。
(7) 「脊中」に施灸。
【補 足】

この患者さんの所見(恐らく肝に関する脉が出ていたのではと思われます)、あるいは、年齢や嗜好などの細かい所を書き留めていなかったので、いささか材料不足で推測に過ぎないところがありますが、少し補足します。
恐らく、お酒を相当飲まれた方のようです。アルコールによるバックグラウンドを治療しています。また、「脊中」に治療していますので、糖代謝も悪くなっており、アルコールの肝と併せて眼(=肝)の治療を加えています。糖尿病を持っている方には、将来の眼疾患を予防するために、「風池」をよく治療されていました。肝の悪い方は、愁訴が右側に現れることが非常に多いです。


[症 例]…(2)
【主 訴】 頚部痛。
【既往歴】 帝王切開2回、子宮外妊娠。
【所 見】 「細・沈」、「胃の気」が乏しい。
【治 療】

(1) 「胃の気」三点
(2) 「帯脉」
(3) 下腹部の傷(「関元」・「中極」を、傷を挟むように両側から刺鍼)。
[皮内鍼] 「関元」・「中極」・「胃の気」
※「関元」・「中極」は、傷を挟むように、両側から傷に向けてそれぞれ2本ずつ保定。
※「胃の気」の皮内鍼は、三点のうち、一番下だけに一本保定すればよい。

【補 足】

帝王切開のように、下腹部に傷をつけると、循環障害を起こし易くなり、内臓が弱ってくる。
頚部痛にも必要だが、内臓のためも皮内鍼を保定しておく。長野先生は、この頚部痛のバックグラウンドは、下腹部の傷と考えておられた。
また、この患者さんには、ホカロンを腰に当てるように指示された。骨盤内の血流を促進させるためである。


[症 例]…(3) 65歳、男性。
【主 訴】 右頚部痛。
【既往歴】 リウマチ、右肺切除。
【所 見】 「胃の気」が乏しい、アトピー様皮膚。
【治 療】

(1) 「胃の気」三点(2) 「帯脉」…3分足らずで頚部痛が減少。
(3) 「関元」
(4)腰仙関節部
(5) T11の「横V字型椎間刺鍼」
(6) 三角筋起始部(7) 「ア門」・「上天柱」・「天ユウ」・「風池」
(8) 「翳明」

【補 足】

●両側「大腸兪」と、L5と仙骨の間の「上仙」を結んだ領域を、その頭文字と形状をとり、『大上三角』と呼ぶ。
長野先生は、ここが軟らかいと治りやすいと言われる。通常、「屈伸」などで緩めるが、このように、直接、「上仙」の脇を脊柱に平行に、腸骨に向かって(下方に)繰り返し刺抜し、腰仙関節部を軟らかくすることもある。
●頚部痛のバックグラウンドの一つに、患者さんが右肺切除をされ、呼吸機能が落ちているためということが考えられる。
三角筋起始部を治療したのは、肺の下葉でヘモグロビンが結びつくので、ここを軟らかくするとその機能を高めることができる。
三角筋起始部(肩甲骨棘外1/3の部分)を、何度か刺抜する。
●この患者さんの仕事は、恐らくデスクワークと思われる。先生は、治療中に「「天ユウ」は、デスクワークが多い人は固くなり易い」と言われた。もちろん、扁桃の部位なので、重要な場所である。
それに、「風池」や「翳明」のような眼に関する治療もしていることから、机で、いつも書類を読むような仕事なのかも知れない。
「翳明」は、字の如く、‘明るさが翳る’ということから眼疾患に使用される。
また、長野先生は、耳鳴りに非常に多用された。胸鎖乳突筋が固く、筋緊張緩和処置などでは中々緩まないときにも、使用されていた。
※「翳明」=乳様突起の下端。側臥位になり、枕をはずし、自然に頚をシーツに着けるようにして胸鎖乳突筋に沿うように、乳様突起の下を上方に水平に刺入する。
●先生は、この患者さんの寝違いの主要なバックグラウンドは、飲み過ぎ・食べ過ぎと言われた。
暴飲暴食→扁桃の弱体化→寝違い…という機序は、寝違いには非常に多いと言われた。
寝違いは、基本的に、過労・ストレス・暴飲暴食がベースにあることが多い。
「胃の気」は、胸鎖乳突筋や消化器に関係があるので、このような暴飲暴食による寝違いには、よく使用される。


◎以上、寝違いの3つの症例を挙げましたが、それぞれに、その患者さん固有の既往歴やバックグラウンドにより、治療も異なることがお分かりかと思います。
しかし、これらの患者さんに、共通の処置をされていることに気がつかれたでしょうか。
そうです。「関元」 and / or 「中極」と、「帯脉」を使用していました。
先生は、「頚を横に動かすのは「帯脉」、縦に動かすのは「関元」(or「中極」)」と言われます。
「関元」や「中極」は、‘陰中の陰’であり、陽が害されることにより、頚部の凝りが発症するので、「関元」や「中極」の‘陰’を治療することになります。
子宮筋腫のように、「関元」や「中極」を切る下腹部の傷痕は、寝違いだけでなく、様々な愁訴を発症させます。
寝違いの時には、患側の「帯脉」を拇指でやや強く押圧し、患者さんに頚を動かすように頼み、頚の運動範囲が改善するようでしたら、必ずといっていいほど、効果があります。
そして、これがまたよく効くのです。
是非、お試しあれ!

◇これらの症例も、私が先生の所へお伺いするようになった最初の頃のものです。先生の前では緊張していて、先生の治療の邪魔をしてはならないと思い、細かいことをお聞きしていないことが多くありますことをお許し下さい。
後で、先生がそんなことを少しも気にされない方と知りました。今思うと、もっと図々しく(鍼灸のために!)しつこく聴いておくだった、と、後悔しています。


『コーヒーブレイク‥(1)』
◇先生の治療のお話しの合間に、先生からお伺いした、楽しい、不思議な、あるいは、興味深いお話しなどを書き添えます。コーヒーでも飲みながら、ちょっとお休み下さい。

●昨年、あるいは、一昨年でしたか、新聞のスポーツ欄に「吐合」という名前の選手の記事がありました。記憶が曖昧で申し訳ないのですが、大学野球だったかもしれません。
「はくあい」と読むのだそうです。そして、思い出しました。
著書の校正の合間のコーヒーブレイクに、長野先生がお話し下さいました。
先生は、「「吐合」さんという患者さんの治療をしたことがあります。主訴は2年間続いた‘吐き気’でした。名前と症状が同じとは、不思議ですね」と言われました。
ただし、こちらの名前は、「とごう」と読むのだそうです。


何年か前の、松本先生の大宮会場でのセミナーの後、近くの居酒屋さんで打上げパーティをしました。その時、学生のアルバイトらしいお嬢さんが、店員として色々と食べ物などを運んできました。
以前、私は、少し姓名学に興味を持った時期がありましたので、名札を見る習慣があります。
そのお嬢さんの名札には、「数」と書いてありました。「さく」さんでしたら、面白かったのですが、読み方は「かず」でした。
鹿児島地方にあって、「数」と言っても、日本では数少ない名前だそうです。
長野先生の「吐合」さんのことを思い出しました。
余程、脉を診て、「数脉」かどうか確かめたかったのですが、「変なオッサンが手を握りたいのでは。セクハラだわ…」と思われても困るので止めました。(「遅」さんという方もいらっしゃるのでしょうか。「ち」さん?あるいは「おくれ」さん?でしょうか)


ちなみに、この時の治療は、「照海」「兪府」が主だったそうです。
先生曰く、
「「照海」「兪府」は、難症を治す」

先生と、コタツに入ってミカンを食べながら、治療のお話しの合間に、フトこんな話題が出てきます。
先生は、色々なお話しの中で、その時の様子でも思い出されるのでしょうか、ニッコリされることがあります。
私にとって、至福の時でした。


名前については、「時々日記」にでも、書きたいと思っています。




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